日々の疲労感やめまい、息切れなどの症状に悩まされていませんか。これらの不調は、実は鉄分不足が原因かもしれません。鉄分は私たちの体に欠かせない栄養素ですが、日本人の多くが十分に摂取できていないのが現状です。本記事では、鉄分の働きから効率よく摂取できる食べ物、吸収率を高める食べ方まで、医学的な根拠に基づいて詳しく解説します。

目次
- 鉄分とは?体内での重要な働き
- 鉄分不足で起こる症状と鉄欠乏性貧血
- 見逃されやすい「隠れ貧血」とは
- 1日に必要な鉄分の摂取量
- ヘム鉄と非ヘム鉄の違い
- 鉄分を多く含む食べ物一覧
- 鉄分の吸収率を高める食べ方
- 鉄分の吸収を妨げる食品・習慣
- 鉄鍋を活用した鉄分摂取法
- 鉄分が特に必要な方へのアドバイス
- まとめ
1. 鉄分とは?体内での重要な働き
鉄分は、私たちの体に約3〜4g存在する必須ミネラルです。体内の鉄のうち約70%は赤血球中のヘモグロビンの成分として存在し、残りの20〜30%は肝臓や脾臓、骨髄などに貯蔵されています。
参考:健康長寿ネット「ミネラル成分の鉄分の働きと1日の摂取量」
1-1. 酸素運搬の要となるヘモグロビン
鉄分の最も重要な役割は、赤血球に含まれるヘモグロビンの構成成分となることです。ヘモグロビンは鉄(ヘム)とたんぱく質(グロビン)が結合してできており、肺で取り込んだ酸素と結合して全身の細胞へ酸素を届ける働きを担っています。体内の鉄が不足するとヘモグロビンを十分に作ることができず、全身への酸素供給が低下してしまいます。
1-2. 貯蔵鉄としてのフェリチン
体内の鉄は、ヘモグロビンとして機能する「機能鉄」と、肝臓や脾臓に蓄えられる「貯蔵鉄」に分けられます。貯蔵鉄の代表がフェリチンです。フェリチンは鉄を貯蔵するたんぱく質で、血液中のヘモグロビン鉄が不足した際に放出されて不足分を補う仕組みになっています。血清フェリチン値は体内の鉄の栄養状態を反映する重要な指標となります。
1-3. 筋肉での酸素貯蔵
鉄はミオグロビンという筋肉中のたんぱく質の構成成分でもあります。ミオグロビンは筋肉内で酸素を蓄える役割を担っており、鉄が不足すると筋力低下や疲労感が現れやすくなります。
1-4. エネルギー産生への関与
鉄は細胞内のミトコンドリアでエネルギーを産生する過程にも関わっています。食べ物をエネルギーに変換するために鉄は欠かせない存在であり、十分に摂取することで元気の源をつくる手助けになります。
2. 鉄分不足で起こる症状と鉄欠乏性貧血
鉄分が不足すると、体にさまざまな影響が現れます。最も代表的なのが鉄欠乏性貧血です。
2-1. 鉄欠乏性貧血とは
鉄欠乏性貧血は、日常診療で最も多く遭遇する貧血であり、ヘモグロビン合成に必要な鉄が不足することで赤血球が十分に作られなくなる状態です。世界保健機関(WHO)の基準では、成人男性でヘモグロビン値13g/dL未満、成人女性で12g/dL未満の場合に貧血と診断されます。
2-2. 主な自覚症状
鉄欠乏性貧血の症状は徐々に進行することが多く、以下のような症状が現れます。
疲労感・倦怠感:体内の酸素供給が不足することで、全身の細胞が酸欠状態となり、疲れやすくなります。
動悸・息切れ:酸素不足を補おうと心臓が活発に働くため、動悸や息切れが起こりやすくなります。
めまい・立ちくらみ:脳への酸素供給が低下することで、めまいや立ちくらみを感じることがあります。
顔色の蒼白:赤血球の減少により、皮膚や粘膜(特にまぶたの内側)が青白くなります。
頭痛・集中力の低下:脳が酸欠状態になることで、頭痛や集中力の低下が起こります。
2-3. 鉄欠乏に特有の症状
鉄欠乏性貧血では、一般的な貧血症状に加えて特有の症状が現れることがあります。
さじ状爪(スプーンネイル):爪が薄くなり、反り返ってスプーンのような形になる状態です。これは爪の形成に必要な鉄が不足することで起こります。
異食症(氷食症):氷を無性に食べたくなる症状が特徴的です。土や泥、チョークなど食べ物ではないものを食べたくなることもあります。
舌炎・口角炎:舌がツルツルになって痛みを感じたり、口角が切れやすくなったりします。
嚥下困難:食べ物が飲み込みにくくなる症状が現れることがあります。
2-4. 鉄欠乏性貧血の原因
鉄欠乏性貧血の主な原因は以下の通りです。
鉄の摂取不足:偏食や無理なダイエット、摂食障害などにより、食事からの鉄分摂取が不足します。
慢性的な出血:女性の場合は月経による定期的な出血が最も多い原因です。男性や閉経後の女性では、消化管からの出血(胃潰瘍、大腸ポリープなど)が原因となることがあります。
鉄の需要増加:成長期、妊娠、授乳期には鉄の需要が増加するため、不足しやすくなります。
吸収障害:胃や十二指腸の切除後、慢性胃炎、セリアック病などでは鉄の吸収が妨げられます。
3. 見逃されやすい「隠れ貧血」とは
健康診断で「貧血なし」と言われても、実は体内の鉄が不足している「隠れ貧血」の状態にある方が多くいます。
参考:東京都「女性の不定愁訴、メンタル不調は鉄欠乏・隠れ貧血を疑って!」
3-1. 隠れ貧血(潜在性鉄欠乏症)の定義
隠れ貧血とは、ヘモグロビン値は正常範囲内にあるものの、体内の貯蔵鉄(フェリチン)が不足している状態を指します。鉄が不足すると「貯蔵鉄の減少→血清鉄の減少→ヘモグロビンの減少」という順序で進行するため、フェリチンが低下している段階は貧血の一歩手前、いわば「貧血予備軍」の状態です。
3-2. 日本人女性に多い隠れ貧血
2009年度の厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、フェリチンが15ng/mL未満の鉄欠乏性貧血と隠れ貧血を合わせると、その頻度は日本人女性の約23%(約1400万人)にも上ると推定されています。特に月経のある20〜40歳代の女性では約48%が隠れ貧血の状態にあるとされています。
3-3. 隠れ貧血の症状
隠れ貧血では、貧血と診断されるほどヘモグロビンが低下していなくても、以下のような症状が現れることがあります。
- 朝なかなか起きられない
- 慢性的な肩こりがある
- 疲れやすいと感じる
- 集中力が続かない
- 全身のだるさ・倦怠感がある
- 頭痛がする日が多い
- イライラしたり、落ち込んだりする
- 肌の乾燥や爪のもろさ
これらの症状は「加齢のせい」「ストレスのせい」と見過ごされがちですが、鉄不足が背景にあるケースも少なくありません。
3-4. フェリチン検査の重要性
一般的な健康診断ではヘモグロビン値は測定されますが、フェリチン値は測定されないことがほとんどです。そのため、隠れ貧血は自覚がないまま見逃されていることが多くあります。
日本鉄バイオサイエンス学会では、フェリチンの基準値を男女とも25〜250ng/mLとしており、12〜25ng/mL未満は「貯蔵鉄の減少」、12ng/mL未満は「貯蔵鉄の枯渇」(鉄欠乏)で治療が必要な状態と定義しています。心配な方は、フェリチン値を含めた血液検査を受けることをお勧めします。
4. 1日に必要な鉄分の摂取量
厚生労働省が策定した「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、年齢・性別ごとに鉄の摂取基準が定められています。
参考:厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書
4-1. 年齢・性別ごとの推奨量
1日に必要な鉄の推奨量は以下の通りです。
成人男性:
- 18〜29歳:7.0mg
- 30〜49歳:7.5mg
- 50〜74歳:7.0mg
- 75歳以上:6.5mg
成人女性(月経なし):
- 18〜74歳:6.0mg
- 75歳以上:5.5mg
成人女性(月経あり):
- 18〜64歳:10.5〜11.0mg
4-2. 妊娠・授乳期の付加量
妊娠中は胎児の発育や母体の血液量増加のために、より多くの鉄分が必要になります。
妊娠初期:通常の推奨量に+2.5mg 妊娠中期・後期:通常の推奨量に+9.5〜15.0mg 授乳期:通常の推奨量に+2.5mg
妊娠中期から後期にかけては、非妊娠時の約2倍以上の鉄分が必要になることがわかります。赤ちゃんの体や臍帯、胎盤に鉄を貯蔵したり、循環する血液量が増加して赤血球の量も多く必要になるためです。
4-3. 日本人の鉄摂取量の現状
令和5年国民健康・栄養調査によると、20歳以上の日本人成人の鉄摂取量(平均値)は、男性で8.0mg/日、女性で7.2mg/日となっています。推奨量と比較すると、特に月経のある女性は必要量を大きく下回っており、鉄分不足に注意が必要な状況といえます。
参考:国民生活センター「鉄サプリメントに関する報道発表資料」
5. ヘム鉄と非ヘム鉄の違い
食品に含まれる鉄分には「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」の2種類があり、それぞれ吸収率や特徴が異なります。効率よく鉄分を摂取するためには、この違いを理解することが重要です。
5-1. ヘム鉄の特徴
ヘム鉄は、肉や魚などの動物性食品に多く含まれる鉄分です。ヘム鉄は「ヘム」というポルフィリン環に鉄イオンが囲まれた構造をしており、たんぱく質にくるまれた状態で存在しています。
吸収率の高さ:ヘム鉄の体内への吸収率は10〜30%と高いことが特徴です。非ヘム鉄と比較すると、約5〜6倍も吸収されやすいとされています。
他の食品の影響を受けにくい:ヘム鉄はたんぱく質に包まれた状態で吸収されるため、食物繊維やタンニンなどの吸収阻害物質の影響を受けにくいという利点があります。
胃腸にやさしい:非ヘム鉄は吸収される際に活性酸素を発生させて粘膜を刺激することがありますが、ヘム鉄は胃壁や腸管を荒らしにくい特徴があります。
5-2. 非ヘム鉄の特徴
非ヘム鉄は、野菜、穀類、豆類、海藻類など植物性食品に多く含まれる鉄分です。
吸収率の低さ:非ヘム鉄の体内への吸収率は2〜5%程度と低いのが特徴です。非ヘム鉄はそのままの形では吸収されず、胃酸やビタミンCによって還元されてから小腸で吸収されます。
食べ合わせの影響を受けやすい:非ヘム鉄は一緒に食べるものによって吸収率が大きく変動します。ビタミンCやたんぱく質と一緒に摂ると吸収率が高まりますが、タンニンやフィチン酸と一緒に摂ると吸収が妨げられます。
5-3. バランスの良い摂取が大切
日本人の食事では、摂取する鉄の約85%が非ヘム鉄といわれています。非ヘム鉄は吸収率が低いものの、食べ方を工夫することで吸収率を高めることができます。ヘム鉄と非ヘム鉄をバランスよく組み合わせて摂取することが、効率的な鉄分補給につながります。
6. 鉄分を多く含む食べ物一覧
ここでは、鉄分を効率よく摂取できる食品を、ヘム鉄を含む動物性食品と非ヘム鉄を含む植物性食品に分けてご紹介します。
6-1. ヘム鉄を多く含む食品(動物性食品)
レバー類
レバーは鉄分を最も多く含む食品の代表格です。種類によって含有量が異なります。
- 豚レバー(生):13.0mg/100g
- 鶏レバー(生):9.0mg/100g
- 牛レバー(生):4.0mg/100g
豚レバーが最も鉄分含有量が多く、焼き鳥のレバー串1本(約50g)で約6.5mgの鉄分を摂取できます。ただし、レバーにはビタミンAも多く含まれており、過剰摂取は頭痛や骨の弱化を引き起こす恐れがあるため、適量を心がけましょう。特に妊娠初期の方は、ビタミンAの過剰摂取による胎児への影響に注意が必要です。
赤身肉
牛や豚の赤身肉もヘム鉄の良い供給源です。
- 牛肉(赤身・生):2.8mg/100g
- 牛ヒレ肉:2.5mg/100g
- 豚ヒレ肉:1.0mg/100g
赤身肉はレバーと比べて調理のバリエーションが豊富で、毎日の食事に取り入れやすいのが利点です。また、鉄の吸収を促進するたんぱく質も同時に摂取できます。
赤身の魚
かつおやまぐろなど赤身の魚にもヘム鉄が豊富に含まれています。
- かつお(生):1.9mg/100g
- まぐろ(赤身・生):1.8mg/100g
- まいわし(生):2.1mg/100g
- さんま(生):1.4mg/100g
魚の血合い部分は特に鉄分が豊富です。刺身や焼き魚、煮魚など様々な調理法で楽しめます。
貝類
あさり、しじみ、はまぐりなどの貝類も鉄分補給に適しています。
- 赤貝(生):5.0mg/100g
- あさり(生):3.8mg/100g
- あさり(水煮缶):29.7mg/100g
- しじみ:8.3mg/100g
特にあさりの水煮缶は鉄分含有量が非常に高く、味噌汁やクラムチャウダー、パスタなど様々な料理に活用できます。缶詰は保存が効くので、常備しておくと便利です。
その他の動物性食品
- 砂肝(生):2.5mg/100g
- 卵黄(1個約18g):約1.1mg
6-2. 非ヘム鉄を多く含む食品(植物性食品)
野菜類
緑黄色野菜には非ヘム鉄が含まれています。
- パセリ:7.5mg/100g
- 小松菜:2.8mg/100g
- ほうれん草:2.0mg/100g
- 枝豆:2.7mg/100g
- 春菊:1.7mg/100g
- 水菜:2.1mg/100g
小松菜はほうれん草よりも鉄分含有量が多く、アクが少ないため下茹でなしで調理できる利点もあります。
大豆製品
大豆および大豆製品は、植物性食品の中でも鉄分が豊富です。
- 納豆(1パック40g):約1.3mg
- 高野豆腐(1個17g):約1.3mg
- 厚揚げ(100g):2.6mg
- がんもどき(100g):3.6mg
- 木綿豆腐(100g):1.5mg
大豆製品は鉄分だけでなく、たんぱく質も同時に摂取できる優れた食材です。
海藻類
海藻類も非ヘム鉄の供給源となります。
- 干しひじき(鉄釜製造):58.2mg/100g(乾燥重量)
- 干しひじき(ステンレス釜製造):6.2mg/100g(乾燥重量)
- のり:11.4mg/100g
ひじきについては、製造工程で使用する釜の材質によって鉄分含有量が大きく異なることが明らかになっています。鉄釜で製造されたものは鉄分が豊富ですが、現在主流のステンレス釜で製造されたものは約1/9の含有量となります。
乾物・その他
- 切り干し大根(乾燥):3.1mg/100g
- いりごま(大さじ1・9g):約0.9mg
- プルーン(乾燥10粒):約1.0mg
6-3. 1食分あたりの鉄分含有量目安
実際の食事で摂取できる鉄分量の目安をまとめると、以下のようになります。
ヘム鉄を含む食品(1食分):
- 豚レバー(50g):6.5mg
- 鶏レバー(50g):4.5mg
- 牛ヒレ肉(60g):1.7mg
- かつお刺身(80g):1.5mg
- あさり水煮缶(55g):16.3mg
非ヘム鉄を含む食品(1食分):
- 小松菜(70g・約1/3束):2.0mg
- ほうれん草(70g・約1/3束):1.4mg
- 納豆(1パック40g):1.3mg
- 高野豆腐(1個17g):1.3mg
7. 鉄分の吸収率を高める食べ方
非ヘム鉄は吸収率が低いものの、食べ合わせを工夫することで吸収率を大幅に高めることができます。
参考:明治の食育「貧血解消の強い味方!ビタミンCやタンパク質が鉄分の吸収率を上げる」
7-1. ビタミンCと一緒に摂る
ビタミンCには、非ヘム鉄を吸収されやすい形(二価鉄)に還元する働きがあります。鉄分を含む食品とビタミンCを同時に摂取することで、吸収率を高めることができます。
ビタミンCを多く含む食品:
- 生で食べられる果物:いちご、キウイフルーツ、グレープフルーツ、オレンジ、レモン
- 加熱してもビタミンCが壊れにくい野菜:じゃがいも、ピーマン、ブロッコリー、パプリカ
おすすめの組み合わせ例:
- ほうれん草のおひたしにレモン汁をかける
- 小松菜の炒め物にパプリカを加える
- 鉄分を摂った食事の後にキウイやいちごを食べる
7-2. 動物性たんぱく質と一緒に摂る
肉類、魚介類に含まれる動物性たんぱく質は、非ヘム鉄の吸収を促進する作用があります。特に赤身の肉や魚は、たんぱく質と鉄が同時に摂取できるため、貧血の予防・改善に効果的です。
おすすめの組み合わせ例:
- 豚肉とほうれん草の炒め物
- 牛肉とひじきの煮物
- 魚介類と小松菜のスープ
7-3. クエン酸・果実酸と一緒に摂る
酢、梅干し、レモンなどの柑橘類に含まれるクエン酸やリンゴ酸などの果実酸も、鉄分の吸収を促進します。酸味のある調味料を活用することで、鉄分の吸収率を高めることができます。
おすすめの調理例:
- 小松菜のスープに酢を加える
- 梅干しを使った和え物
- 酢を使った煮物
7-4. CPP(カゼインホスホペプチド)と一緒に摂る
牛乳の主要たんぱく質であるカゼインが消化の過程で分解されると、CPP(カゼインホスホペプチド)という物質が生成されます。CPPには鉄分の吸収を促進する働きがあり、小腸の下部でもう一度鉄を汲み上げてくれる作用があります。
おすすめの組み合わせ例:
- 野菜や肉を牛乳と一緒に煮込む(クリームシチューなど)
- 食事と一緒に牛乳を飲む
ただし、カゼインは消化しづらく不耐症やアレルギーを起こしやすい方もいるため、無理に摂取する必要はありません。
7-5. 胃酸の分泌を促す
鉄分の吸収は胃酸によっても促進されます。酸っぱいものや辛いものを食べて胃を刺激することで、胃酸の分泌が促され、鉄の吸収効率が高まります。また、よく噛んで食べることも胃酸の分泌を促進します。
8. 鉄分の吸収を妨げる食品・習慣
せっかく鉄分を摂取しても、一緒に摂る食品によっては吸収が妨げられてしまうことがあります。効率よく鉄分を吸収するために、注意すべきポイントを知っておきましょう。
8-1. タンニンを含む飲み物
コーヒー、紅茶、緑茶、ウーロン茶に含まれるタンニンは、非ヘム鉄と結合して吸収を妨げる作用があります。研究によると、食事と一緒にこれらの飲み物を摂取すると、鉄分の吸収が最大60%低下する可能性があるとされています。
対策:
- 食事中や食後30分〜1時間は、これらの飲み物を控える
- 食事中の飲み物は水や麦茶、薄めの緑茶を選ぶ
- ヘム鉄はタンニンの影響を受けにくいため、動物性食品から鉄を摂る際はそれほど気にしなくてよい
8-2. フィチン酸を含む食品
玄米、全粒穀物、豆類の外皮に含まれるフィチン酸も鉄分の吸収を妨げる作用があります。ただし、調理や発酵によってフィチン酸の影響は軽減できます。
対策:
- 鉄分を効率よく摂りたい場合は、玄米よりも白米を選ぶ
- 大豆は納豆などの発酵食品で摂る
8-3. シュウ酸を含む食品
ほうれん草などに含まれるシュウ酸は、鉄分の吸収を抑制する作用があります。
対策:
- ほうれん草は下茹でしてシュウ酸を減らしてから使用する
- シュウ酸が少ない小松菜を活用する
8-4. カルシウムの大量摂取
大量のカルシウムは鉄分の吸収を抑制する働きがあります。カルシウム自体は重要な栄養素ですが、鉄分を効率よく摂りたい場合は、タイミングをずらして摂取することをお勧めします。
8-5. リン酸ナトリウム(食品添加物)
インスタント食品やスナック菓子、加工肉などに含まれるリン酸ナトリウムは、鉄分の吸収を阻害します。加工食品の摂りすぎには注意が必要です。
8-6. 不水溶性食物繊維の過剰摂取
芋類、ゴボウ、キノコ類などに含まれる不水溶性食物繊維と非ヘム鉄を一緒に摂ると、吸収率が下がる可能性があります。ただし、通常の食事の範囲内であれば過度に心配する必要はありません。
一方、ワカメなどの海藻類に含まれる水溶性食物繊維は、鉄分の吸収を助ける働きがあります。
9. 鉄鍋を活用した鉄分摂取法
調理器具を工夫することで、食材以外からも鉄分を摂取することができます。鉄製の調理器具(鉄鍋、鉄フライパン、鉄瓶など)を使用すると、調理中に鉄分が料理に溶け出し、効率よく鉄分を補給できます。
9-1. 鉄鍋から溶出する鉄の量
実際に鉄鍋とフッ素樹脂加工の鍋で同じ料理を作った場合の鉄分含有量を比較した実験では、驚くべき結果が出ています。
ある実験では、エビチリを調理した結果、食材のみの鉄分は100gあたり0.2mgだったのに対し、鉄鍋で調理したものは5.7mgと約28.5倍の差が出ました。鉄鍋から約5.5mgもの鉄分が料理に溶け出していたことになります。
参考:日本調理科学会誌「調理中に鉄鍋から溶出する鉄量の変化」
9-2. 鉄鍋から溶出する鉄の特徴
鉄鍋から溶出する鉄の78〜98%は、吸収されやすい二価鉄(Fe²⁺)であることが研究で明らかになっています。二価鉄は三価鉄に比べて約5〜7倍も吸収率が高いとされており、鉄鍋で調理した料理は体に吸収されやすい形の鉄を効率よく摂取できます。
9-3. 鉄分を効率よく溶出させる調理法
鉄鍋から鉄分を効率よく溶出させるためのポイントは以下の通りです。
煮込み料理に使う:加熱時間が長いほど鉄の溶出量は増加します。シチューやカレー、味噌汁など、煮汁ごと食べられる料理がおすすめです。
酸性の調味料を使う:食酢やトマトケチャップなど酸性の調味料を加えると、鉄の溶出量が顕著に増加します。特に食酢を使った場合は、溶出した鉄の98%が吸収されやすい二価鉄であることが確認されています。
塩分を加える:食塩を加えた調理でも鉄の溶出が促進されます。
水分を使う調理:鉄分は水分に溶出するため、焼く・揚げるよりも煮込む調理法のほうが効果的です。油を大量に使用した揚げ物では鉄は溶出しにくくなります。
9-4. 鉄鍋を選ぶ際の注意点
鉄分補給を目的に鉄鍋を選ぶ際は、以下の点に注意しましょう。
ホーロー加工のものは不可:表面がホーローでコーティングされた鍋(ストウブなど)は、見た目は鉄製でも鉄分は溶出しません。
打ち出し式が効果的:鍋肌の表面積が大きいほど鉄分が溶け出しやすいため、微小なデコボコのある打ち出し式の鉄鍋が適しています。
南部鉄器もおすすめ:日本の伝統工芸品である南部鉄器も、鉄分補給に効果的な調理器具です。
9-5. 鉄鍋の手入れ方法
鉄鍋を長持ちさせるコツは、濡らしっぱなしにしないことと洗剤を使わないことです。
- 調理後は料理を別の容器に移し、汚れをすぐにふき取る
- たわしでこすって洗い、洗剤は使用しない(油膜が落ちてしまうため)
- 火にかけてしっかり乾かし、錆びを防止する
10. 鉄分が特に必要な方へのアドバイス
ライフステージや状況によって、鉄分の必要量は大きく異なります。特に鉄分不足に注意が必要な方への具体的なアドバイスをご紹介します。
10-1. 月経のある女性
月経のある女性は、毎月の経血により定期的に鉄分を失うため、鉄欠乏性貧血のリスクが高くなります。月経がある成人女性の推奨量は1日10.5〜11.0mgと、男性(7.0〜7.5mg)より多く設定されています。
毎月の月経で約30mgもの鉄分が失われるとされており、過度なダイエットや朝食抜きなどの不規則な食生活を続けていると、深刻な鉄分不足に陥りやすくなります。子宮筋腫など婦人科系の疾患がある場合は、さらに鉄分の喪失が多くなるため、より注意が必要です。
対策:
- ヘム鉄を含むレバーや赤身肉、魚介類を積極的に摂取する
- ビタミンCと一緒に鉄分を摂り、吸収率を高める
- 月経期間中は特に意識して鉄分を摂る
- 貧血症状がある場合は早めに医療機関を受診する
10-2. 妊娠中・授乳中の女性
妊娠中は胎児の発育のために多くの鉄分が必要となり、特に妊娠中期から後期にかけては非妊娠時の2倍以上の鉄分が必要です。また、授乳中も母乳を通して赤ちゃんに鉄を与えるため、継続的な鉄分補給が重要です。
妊娠中に鉄分が不足すると、赤ちゃんの発育不良(特に脳の発達への影響)、低出生体重児や切迫早産のリスク上昇、産後の母乳の出への影響などが懸念されます。
対策:
- 妊娠前から意識的に鉄分を摂取し、貯蔵鉄を増やしておく
- 鉄分とたんぱく質を含む食品をビタミンC、葉酸と一緒に摂る
- 妊婦健診で貧血を指摘された場合は、医師の指示に従って鉄剤を服用する
- レバーはビタミンA過剰摂取のリスクがあるため、妊娠初期は控えめにする
10-3. 成長期の子ども・思春期の若者
成長期は身体の発育に伴い鉄の需要が増加するため、鉄欠乏に陥りやすい時期です。特に初潮を迎えた女子は、月経による鉄分喪失が始まるため注意が必要です。
鉄分不足は、運動能力や学習能力の低下にもつながります。また、鉄は神経伝達物質の合成にも関わっており、不足するとイライラや集中力低下の原因になることもあります。
対策:
- 偏食や欠食を避け、バランスの良い食事を心がける
- レバーや赤身肉、魚介類など鉄分豊富な食品を積極的に摂る
- 朝食をしっかり食べる習慣をつける
- 過度なダイエットは避ける
10-4. アスリート・運動習慣のある方
激しい運動をする方は、発汗による鉄分の喪失、筋肉での鉄の需要増加、足裏の衝撃による赤血球の破壊(溶血)などにより、鉄分が不足しやすくなります。これを「スポーツ性貧血」と呼ぶこともあります。
対策:
- 運動量に見合った鉄分摂取を心がける
- ヘム鉄を含む動物性食品を積極的に摂る
- 定期的に血液検査を受けて鉄の状態を確認する
10-5. 高齢者
高齢になると、食事量の減少や消化吸収機能の低下により、鉄分不足に陥りやすくなります。また、慢性疾患や服用している薬の影響で鉄の吸収が妨げられることもあります。
対策:
- 少量でも栄養価の高い食品を選ぶ
- 消化しやすい調理法を工夫する
- 鉄分が強化された食品や飲料を活用する

11. まとめ
鉄分は、全身に酸素を運搬するヘモグロビンの主要成分として、私たちの健康維持に欠かせない栄養素です。日本人、特に月経のある女性は鉄分不足に陥りやすく、適切な食事による鉄分補給が重要です。
鉄分摂取のポイント
- ヘム鉄と非ヘム鉄の違いを理解する:動物性食品に含まれるヘム鉄は吸収率が高く(10〜30%)、植物性食品の非ヘム鉄は吸収率が低い(2〜5%)ものの、食べ合わせで改善できます。
- 鉄分を多く含む食品を積極的に摂る:レバー、赤身肉、魚介類(特に貝類)、小松菜、大豆製品、海藻類などを日々の食事に取り入れましょう。
- 吸収率を高める食べ合わせを意識する:ビタミンCや動物性たんぱく質、クエン酸と一緒に摂取することで、非ヘム鉄の吸収率を高めることができます。
- 吸収を妨げるものを避ける:食事中や食後すぐのコーヒー・紅茶は控え、加工食品の摂りすぎにも注意しましょう。
- 鉄製の調理器具を活用する:鉄鍋や鉄フライパンを使った調理で、吸収されやすい鉄分を手軽に補給できます。
医療機関への受診をお勧めする場合
以下のような症状がある場合は、早めに医療機関を受診することをお勧めします。
- 疲労感や息切れ、動悸が続く
- めまいや立ちくらみが頻繁に起こる
- 顔色が悪いと言われる
- 氷を無性に食べたくなる
- 爪がもろくなった、反り返ってきた
- 集中力の低下やイライラが続く
貧血が疑われる場合は、血液検査でヘモグロビン値やフェリチン値を測定し、適切な診断と治療を受けることが大切です。貧血の背景には、消化管出血や婦人科疾患など他の病気が隠れていることもあるため、自己判断でサプリメントを大量摂取するのではなく、医師の診察を受けましょう。
参考文献
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_44138.html
- 公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット「ミネラル成分の鉄分の働きと1日の摂取量」 https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/eiyouso/mineral-tetsu.html
- 日本新薬株式会社「鉄欠乏性貧血の診断と治療」 https://med.nippon-shinyaku.co.jp/ida/disease_info/detail03/
- 日本鉄バイオサイエンス学会「鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の診断指針」 https://jbis.bio/
- 東京都 働く女性のウェルネス向上委員会「女性の不定愁訴、メンタル不調は鉄欠乏・隠れ貧血を疑って!」 https://women-wellness.metro.tokyo.lg.jp/columns/26/
- 医学書院「あなたも見逃している!?”隠れ貧血”」 https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2022/3488_04
- 大正製薬「鉄分の多い食べ物を知って、効率的に摂ろう」 https://brand.taisho.co.jp/contents/beauty/531/
- 株式会社明治「貧血解消の強い味方!ビタミンCやタンパク質が鉄分の吸収率を上げる」 https://www.meiji.co.jp/meiji-shokuiku/adult/column002/
- 日本調理科学会誌「調理中に鉄鍋から溶出する鉄量の変化」今野暁子, 及川桂子 https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience1995/36/1/36_39/_article/-char/ja/
- 文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」
| 食品分類 | 食品名 | 鉄分含有量(100gあたり) | 鉄の種類 |
|---|---|---|---|
| レバー | 豚レバー(生) | 13.0mg | ヘム鉄 |
| レバー | 鶏レバー(生) | 9.0mg | ヘム鉄 |
| レバー | 牛レバー(生) | 4.0mg | ヘム鉄 |
| 肉類 | 牛肉(赤身・生) | 2.8mg | ヘム鉄 |
| 肉類 | 砂肝(生) | 2.5mg | ヘム鉄 |
| 魚介類 | あさり水煮缶 | 29.7mg | ヘム鉄 |
| 魚介類 | しじみ | 8.3mg | ヘム鉄 |
| 魚介類 | 赤貝(生) | 5.0mg | ヘム鉄 |
| 魚介類 | まいわし(生) | 2.1mg | ヘム鉄 |
| 魚介類 | かつお(生) | 1.9mg | ヘム鉄 |
| 野菜類 | パセリ | 7.5mg | 非ヘム鉄 |
| 野菜類 | 小松菜 | 2.8mg | 非ヘム鉄 |
| 野菜類 | 枝豆 | 2.7mg | 非ヘム鉄 |
| 野菜類 | ほうれん草 | 2.0mg | 非ヘム鉄 |
| 大豆製品 | がんもどき | 3.6mg | 非ヘム鉄 |
| 大豆製品 | 厚揚げ | 2.6mg | 非ヘム鉄 |
| 大豆製品 | 納豆 | 3.3mg | 非ヘム鉄 |
| 海藻類 | 干しひじき(鉄釜) | 58.2mg | 非ヘム鉄 |
図表1:主な食品の鉄分含有量一覧(文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」より作成)
| 対象 | 推定平均必要量 | 推奨量 |
|---|---|---|
| 成人男性(18〜29歳) | 6.0mg | 7.0mg |
| 成人男性(30〜49歳) | 6.5mg | 7.5mg |
| 成人男性(50〜74歳) | 6.0mg | 7.0mg |
| 成人男性(75歳以上) | 5.5mg | 6.5mg |
| 成人女性(18〜74歳・月経なし) | 5.0〜5.5mg | 6.0mg |
| 成人女性(75歳以上) | 5.0mg | 5.5mg |
| 成人女性(18〜64歳・月経あり) | 8.5〜9.0mg | 10.5〜11.0mg |
| 妊婦(初期)付加量 | +2.0mg | +2.5mg |
| 妊婦(中期・後期)付加量 | +12.5mg | +15.0mg |
| 授乳婦 付加量 | +2.0mg | +2.5mg |
図表2:鉄の食事摂取基準(1日あたり)(厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」より作成)
本記事は医療情報の提供を目的としたものであり、診断や治療を目的としたものではありません。症状が気になる場合は、医療機関を受診してください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務